「Tundoku」 積ん読は誇るべき!日本の文化だったのです。
「Tsundoku」積読という概念は、日本語独特の概念かもしれません。
英語では「Tsundoku」としてこの概念が紹介されることが増えているそうですが、英語には「積読」に完全に対応する単語はないようです。
「unread books」(未読の本)や「books pile up」(本が積み上がる)という表現が使われているそうです。
ドイツ語でも「積読」に対応する単語はありませんが、「Bücherstapel」(積み上げた本の山)や「ungelesene Bücher」(未読の本)という表現が使われることがあるそうです。
フランス語にも、「livres non lus」(未読の本)や「pile de livres」(本の山)といった表現が使われることがやはりあるそうです。
アラビア語圏でも未読の本を積み上げる行為は一般的で、表現としては「未読の本」(كتب غير مقروءة, kutub ghayr maqrū’a)や「本の山」(كومة من الكتب, kūmat min al-kutub)という表現が使われることがあるそうです。
これの裏を取るのはなかなか難しいですが、
自国で本を印刷している国も全てではないことや母語で本が読めることも、
日本では当たり前と思っているけど世界では当たり前ではない。
積読がある種の文化とは?
読書に対する独特の敬意や、本を所有することそのものが価値とされる文化的背景が関係しているのか?
日本では、本を買うこと自体に価値があり、いつか読むつもりで本を積んでおくことが許容される文化があると言えるかもしれません。ここ、大事。罪悪感は持つ必要ないです!!買おう!!
この「積読」が、読書そのものだけでなく、知識や学びを大切にする文化を反映しているならば、「Tsundoku」という言葉と概念をもっと広めたいと考えた、この頃。